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1歳の頃特集
先日は、ものすごい桜吹雪の中、なごむくんとなごむママと夜桜散歩をして頂きました。
ありがとう~♪

さて、自分でこのようになったジョン。
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さりげなく、舌出してます。おやつないと手をしないのよねえ・・・
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牧草地になった畳の一部。。。
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このふにゃふにゃになる四角いバッグが1代目。これを椅子の下に置いておいて、好きなときに入っててもらうようになって、バッグになれていきました。
このときはケージにいれています。(犬ベッドというモノの存在をしらなかったころ)
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どうしてもなんでも上に乗りたがるジョン。
5
これは、パジャマの足の一方に入っているところ・・・・あほや・・・
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今思い出しても、どんくさくかなりな暴れん坊でした。
いや~いつから外見だけおとなしくなったのかなあ・・・
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第2章ジョンの趣味は家破壊と盗み食い
ジョンは2歳頃?神戸から千葉にやってきました。

1まる坊主になってしまったジョン。夏にカットしたのに、冬に生えてこなくて寒かった・・・

暴れるだけ暴れた神戸時代。

6引き戸の壁紙がぼろぼろで、とりあえずテープ貼って応急処置。

もちろん、だいぶ落ち着きましたが、どんどん新しいことを編み出すのがジョンなのです。

まず、千葉での最初のおうち。ここはメゾネットでした。
ここでは、盗み食いはありません。
家での管理はばっちりになった私です。

2これも神戸の時。なんでもかんでも上に上がりたがるジョン。ゴミ箱もこのときはふたがないものなので上にあげています。(-_-)


たまに働く私は、留守番をさせます。
こいつは、階段に上っても降りられません。
危ないので、階段の入り口にガードをしても無理矢理こじ開け上っていきます。。
仕方なく、階段をあがりきったところに部屋をご用意。
以後、留守番は、たぶん、出かけた後、自分で上って階段の上の脇の納戸のようなとこが留守番部屋になりました。

3これも神戸。どうしてもモノの上にのぼりたがる・・・

ところが、今度は、おろせ、と階段の柱を削ります。
すでに、壁紙もぼろぼろに・・・・
なにがしたいんでしょう、、こいつは。。。

4掃除のためにソファーの上に仮においた布団マットレス。その上にのぼっているジョン・・・・


さらに、キッチンの横には、窓がついていて、人の通行が窓越しに見えます。
ある日、私が通るのが見えたんでしょうね。

帰宅してみると、ジョンが真っ白です。
真っ白ってどういうことでしょう。。。茶色の色だったはずなのに。

家を色々見ると、キッチンの横の窓の下・・・

なんと、穴があいてます・・・・。

5これは、例の栄養チューブ。これを一本丸ごと盗み食いしておりました・・・・


壁紙をけずり、内装部分の石膏を削り、穴をあけ、外壁への空間が丸見えです。。。

彼の根性も立派だと、怒る気もしませんでした。。

さて、そんなジョンですが、家で盗み食いをしなくなったら、今度のターゲットは車になりました。

7また、飛んでます・・・・


今まで、車に食品をおいて買い物をしても、食べられるといったことはありませんでした。

ある日、スーパーに車にいき、袋を車に置き、ジョンと食品を一緒に置いておいて、
ちょっとコンビニによると・・・・・・

「ミスタードーナツ!!」
10個入りの箱の端から三つ。クリームなどまるごと食べておりました。
すぐに気がついて車に戻ったんですけどね・・・・遅かった・・・

続いて、
「天然酵母のパン!」
芋や、クリームのデニッシュなど、三つ。丸ごと消えていました。

8紙袋、ビニール袋、取ってはジョンのつっこむ場所です・・・(-_-)



また、ある時、ジョン父の出張帰りに羽田に迎えに行きました。
その帰り、渋谷により、ちょこっと車にジョンを置いておきました。
一応、おみやげの袋の上にはゴルフバッグとか置いておき、食べられないようにしてたんです。

「ただいま~」と車をあけると、ぷ~んと甘い匂いが・・・。
そして、いつも車の留守番だと助手席なのに、ジョンがみあたりません。

「あ、やば」とでてきたのはジョンの頭。後部から・・・・・・ひょっこり・・

なんと、「北海道土産のマルセイバターサンド!」←そんな名前だっけ?レーズンとバタークリームをクッキーで挟んだもの。
ちょうど、5個入りの箱の三つ目を食べてるところを発見。

絶句・・・
というか、このバターサンド、私の嫌いなレーズンが入ってるんですが、レーズンをとって、残りを食べるのが大好きなんですよ、、私。

全部全部私が楽しみにしてたものを、、ことごとく、ほんの一瞬の間に・・・・・(T_T)

11なごむママにもらった足形ふわふわおもちゃとおなじもの。これはジョンの小さいときのモノ♪おんなじのを使ってました。


このように、買い物とジョンの散歩を兼ねるときは順番を選ばなければければなりませんでした。

ちょっとした隙見逃さないのがジョンです。
ある時、召使いYが遊びに来ました。とりあえず、バックを床に置いて、リビングで話していました。
ジョンが来ません。
あれ?じょんは???

「ジョンがバックに顔つっこんでる!!!」

バッグには食べ残しのおやつがあったようです・・・・(-_-)

本日、仕事場の駅に、谷中のおまんじゅうやさんが来ていました。10円饅頭。。。

これもうっかりこたつの上に置いていたために、ほんの何分かで食べられたのは記憶に新しい・・・

ああ、もう思い出したくないよ~!!

まだまだあるんですけども。大きな記憶に残るものはこんな感じです。


家の破壊は現在の家でもありました。
しかも、ジョン父が出張中にまだ、新居をみてもないのに、、、たった一回の留守番で、壁紙を少し削ってました。

ジョンは、玄関から、部屋という部屋にどこでも自由に行けるのが好きなようで、
玄関に行けない、とか行けない場所があることがイヤなようなのです。

引っ越して最初は吠えるだろうなあ、と思ったので、一応廊下に出られないようにして、部屋を側は自由に動けるようにしてたんですけどね・・・・

以後、もうすべてを自由にさせておりました。
被害はありません(^^;)

本当に自由な自由なジョンでした。

マイペースに、のんびりと、ひょうひょうと好きなことをしてることでしょう。

毎日毎日ジョンは私を守ってくれているようです。

いつもありがとう。ジョン♪

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第1章~盗み食いと暴れん坊のダブルの時代~
ジョンは12時間強留守番でした。
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留守番にしていくときは、部屋を一応片づけていきます。そのころは、お布団を敷いてました。それに、布団乾燥機をかけて、ふっくらさせていったり、留守番のセッティングをしていきます。
その頃は、一階に、リビングダイニングと6畳。二階に4部屋あるという一軒家。人間二人とジョン。我が家は、めんどくさがり屋なので、二階は、洗濯物置き場と、タンスだけ鎮座しておりました。。
はい。人とジョンは一階ですべてOKだったのです。二階はほんと誰も行かない・・・(笑)

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2☆ソファからお布団までジャンプするのが大好きでした・・・・ふかふかな地面に着地・・・・・・
本当によく飛んでいました・・・・


さて、、
ある日、帰宅すると、一枚のビニールの袋が転がっています。

「ん?ゴミ捨て忘れたっけ。。というかこれってなんだっけ。。。。。。。??????!!!!!!」
だしを取るために、奮発して買ったちょっと高めの鰹節。けずりぶし。大袋。。。。。。。

「おおおおおい!全部食べたんかい!!!」

ある日はスパゲティが散乱。
「なんで、こんなところに、乾麺がちらばってんの!!!」
それ以来食物はジョンの届く所に、食物はおかない、が信念となりました。

さらに、、小さい頃は当然寝る時間や遊ぶ時間等飼い主の時間にあっておりません。
子犬と向き合うとは、飼い主の生活ベースに徐々に合わせるために互いにペースを作るモノだと思います。
規則正しくなる以前は、当然犬は自分のペースなのです。。。
なので、仕事から帰って疲れ果てて、やっと寝るよ~ジョンも寝るよ~(半ば無理矢理)と電気を消せば、ジョンは布団からのそっとおきて、、てくてく歩いてどこかへ行きます。
しらんぷりして寝ていたら、、、

「ピーピーピー」(--;)

と大音響で枕元におもちゃを持ってきます。枕元でぴーぴーと楽しく鳴らしております。
大変迷惑きわまりない。

そんなことが多々あったある日の土曜日。
「からんからんからん」
と楽しそうに遊んでいる音が聞こえて目が覚めました。

何か加えていました。
「なに?」と素早く口からださせると、、「ガラス」

あれ~?なんだろう。危ないなあ、、、とふと座卓の上をみたら・・・

「ぎゃーー!!」

メガネの残骸がありました・・・・
光モノがすきなんて、、カラスですかまったく・・・・・。

以後、就寝時には、座卓の上を片づける、が習慣となりました。

1
☆柱を削るジョン・・・削ったカスが鼻についております・・・・

そしてその後、、

ウナギをテーブルからぱくっと一つ口にしたこともあります。

5
☆お部屋が乱雑なのは知らんぷりしてください・・・・

このときは、食卓に不思議な顔があるね、と、笑った隙の出来事でした。
ま、どんくさいので、すぐ捕まってうなぎは食べられませんでしたけども。

以後、丑の日には、ジョンのために、白焼きをご用意しております・・・

そして、本格的になったのは、千葉に戻ってからです。
本領発揮の盗み食いの数々・・・・。一寸の隙も見逃しません。さすがジョンです。。

いや~、、(-_-)

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ジョンの歴史~ 盗み食い伝説がはじまるまで~
ちびジョン。1997年8月10日頃のジョン。
(あいかわらず、デジカメで取ってしまった写真・・・・)
1

ジョンは、1997年3月20日に千葉県で生まれました。
その頃、私たちは神戸にいました。犬事情をまったくわからず、毎日仕事の帰りに通るペットショップを眺めてました。
家の近所に、いつも庭から顔をのぞかせるダックスがいます。老夫婦と一緒に暮らしています。だんだん、老夫婦とお話をするようになり、ワンコ「ちび」くん、ともよく挨拶をするようになりました。
「ダックスはおとなしいからマンションでも平気かも」ということで、ダックスにしよう、と思ったのでした。
後でとんでもないことが起きるとはこの時は想像もしませんでした。
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なぜ、おとなしいといいのか。それは、、ペット禁止マンションだったからです。
ただ、震災の後で、仮住まいで、こっそり大型や小型と暮らしている方もいらっしゃり、おとなしくこっそり、家に入る姿を目撃してましたので、平気だろう、と安易に考えてました。
本当に私はばかです。。
まさかそれが、しつけがある犬だからこそできること、ということに・・・・
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その後、インターネット(当時はDOSV)で、5万円で千葉のご夫婦が売りにだしていました。里親探しに5万円を指定して。でも、お金を払って里親になるのは当時は普通だったように思います。
理由は、結婚して、生活が変わって、仕事もしたい。世話ができない。というものでした。
結婚してすぐ子犬を迎え、一週間で新婚旅行に二週間。この間友達の家だったそうです。そして、一緒に暮らして一週間。飼い主として暮らして合計2週間。しつけに根をあげた様子がありありとわかりました。しまいには、もう一人ほしい人が現れ、値段をつり上げてきました。
約束が違う、と、、色々話し合った結果、5万で、私が飼い主に決定しました。
そして、千葉の稲毛まで迎えに行きました。新幹線で。
「耳の中が黒いけど、気にしなくていいから。」と言われ。。。
ジョンは、出っ歯でした。そういう情報をきちんと伝えないのは血統書を気にする人なら激怒することです。ダックスは、オーバーショットはだめなのです。(ジャパンケンネルクラブでは)。。
私は別にどんなだろうが、一目で我が子、と思ったので、呼び名を速攻変え、新幹線で連れて帰りました。
そのまま病院へ行ったら、、、
「耳ダニです」と言われ、なんのことかわからないけど、とにかく平気じゃないことはわかりました。
毎日毎日洗浄して(暴れるから大変でしたが)、きれいになったのが1週間後。

それから散歩の旅に、、排水溝の網にスリ落ちたりしつつ、とぼとぼ歩きで散歩をしたりしました。歩くのがイマイチ好きではない様子。その後も、何度となく排水溝に落ち続けるジョン。思えばこのころからどんくさかったのね・・・・
犬は、吠えます。当然です。全く吠えない。ワンという事がないジョンですが、やっぱりちび時代は吠えてました。色々と音を出したり、無視したり色々してましたが、私がチャレンジしたのはこちら。

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口輪。
ソフトタイプのものですよ。しかもつけてるのは、ほんの10分もないと思います。
吠えてる時にすぐ捕まえて口にはめます。嫌がります。すごく嫌がります。でも、叱るより、大きな音を出すのではなく、これが一番効果がありました。だって、吠えられないから。
おとなしくなったらはずします。
以降、吠えだしたら、この口輪をみせたら、逃げるようになり、吠えなくなりました。

でもね、仕事の間は当然留守番なので、、やっぱりばれます。当たり前です。いないときに吠えてるんですから・・・・。

大家さんに怒られ、(当たり前ですが)
「一週間で出て行くつもりです」と大家さんに啖呵をきってしまいました。
仕事しながら、家を見つけ、土曜日に契約し、日曜日に引っ越しをしました。あのときは死ぬかと思いました・・・・。

無事引っ越してから、ジョンのあばれっぷりが始まります・・・・・。

猿がでる家の出来事。神戸の夜景と言うより、夜景そのものの山の中に住んでました。空気がきれいで、三宮にも近いし、とても気に入ってました。
ジョン生後5ヶ月。引っ越ししてまだ片づけが終わらないので、ケージで留守番してもらうようにしました。ところが、、、帰ってみると、あちこちにおしっこはしてあるし、そもそもジョンがケージではなく、外にいます。暴れた後らしいモノがあちこち・・・・。ケージから脱走は、ジョンの日課となりました。
こちらも負けじと、農業用のネットを張ったり工夫していきます。それでも、毎日毎日脱走します。
あきらめて、フリーにしようと誓ったのがこのころです。というか、とうとう根負けしたというべきかも。
トイレは、三カ所用意しました。ええ、もうお好きなところでやりなさい。徹底的に片づけてやる。

毎日、帰宅すると、挨拶より先に、消臭剤と水とぞうきんで、あちこちのトイレ跡を探すことが日課になりました。手がぼろぼろです。
そのうち、トイレは二カ所に絞られ、一カ所になりました。嫌がらせおしっこはありましたけどね。

そうこうしてると、脱いだストッキングを引っ張る。

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ズボンの裾をかんで話さない。私が歩いても離さない。振り回されてもおもしろそうに離れない。というかズボンを離さない。破れてるがな・・・・。

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気がつけば、畳をあちこち掘り出し、牧草地のようにしてくれました。

ジョンは小さい頃から皮膚も弱かったんですが、しつけのためか、栄養のためか、栄養チューブを食べておりました。歯磨き粉のようなチューブに栄養剤が入っています。少しずつなめさせるモノで、一年間くらいで使い切るモノだと思います。

ある日、それがきれいに平たく転がってました。。

「は?なんで?」

それからです。ジョンの盗み食い伝説が始まる瞬間でした・・・・・おい・・・

7

うひ♪(これは、2009年1月下旬)

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